峠の湯からめがね橋へ行く途中にある碓氷第一トンネルです。 めがね橋までには5つのトンネルを通過します。 アプトの道から見える碓氷湖は、絶景のビューポイントです。 旧軽井沢から約4キロの旧碓氷峠遊覧歩道が設置されており、雑木林のあいだをゆく山道では、軽井沢の自然の息吹を感じることができます。途中からは自然のままの道になりますので、履きなれた靴・動きやすい服装で行くことをオススメします。 碓氷線は明治26年(1893)、横川(群馬県)一軽井沢(長野県)間11.2kmがわずか1年半の工事期間で開通しました。 開通から104年間運行し続けた碓氷線の歴史について紹介します。 ここに、碓氷峠鉄道施設の重要文化財が多数あります。 一番の見どころは、煉瓦でできた碓氷第3橋梁通称 「めがね橋」 他にも「旧丸山変電所」の建物や橋梁、トンネルがあります。 現在は、廃線跡が遊歩道に整備され、全長約6キロを歩く事ができます。 9月のある晴れた日、クラブツーリズムのバスツワーで碓氷峠に出かけた。朝8時立川駅、8時20分東村山駅集合で、当日は2台のバスだった。 平日だったので、2回のトイレ休憩を取りながら高速道を順調に進み、11時に碓氷峠アプトの道の出発点に到着した。 5.27 道路レポ218「三重県道745号片野飯高線 粥見不通区 最終回-2」を公開しました。 完結。 萩原雅紀氏監修の『ダム大百科』が、6月1日にソフトカバーの書籍となって再登場します。 私もダムと道路の関わりなどのテーマで14ページほど執筆しております。 碓氷第十六隧道 870尺8寸(約263.88m) 明治25年7月竣功 この第16隧道と、次の第17隧道はルートから 外れ、廃化されて現存しております。 この隧道も開口は西側のみで、東側は埋没し ております。 巻厚4層の煉瓦馬蹄型アーチ、笠石、ピラスタ 碓氷道は明神ヶ岳を越え碓氷峠更に乙女峠を越えて御殿場に至る道です。 碓氷道は日本武尊が東夷征討の帰路に通ったらしいです。 碓氷道の後の箱根路の変遷は奈良、平安時代が足柄山を越える足柄道、鎌倉、室町時代が湯坂路、そして江戸時代の旧東海道と移り変わっていきます。

軽井沢から旧中仙道を碓氷峠経由で横川へ+アプトの道とめがね橋 - 旧軽井沢、碓氷峠、旧中山道、アプトの道、めがね橋、峠の湯、坂本宿 - 2018年5月12日(土) - 5月12日(土)は、碓氷峠の旧中仙道を、軽井沢駅から横川駅まで縦走して来ました!道はいいし、見所は多いし、温泉はあるし、 碓氷峠 いよいよ中山道三大難所の一つ、碓氷峠を越えていく。坂本側から行くと坂本の標高は約450m、峠は1200m。直線距離で8km間に700m位上る必要がある。軽井沢の標高が960mなので軽井沢側からの …

【碓氷峠遊覧歩道】 中山道の手作り道標に従って適当に下って行くと、舗装道路に出てしまいましたが、その先からは碓氷峠遊覧歩道を下りました。 古い石垣があるので、ここが旧中山道でしょうか、広葉樹の沢筋の道でとても雰囲気のいい道でした。 復路は国道18号線・旧道を行く (※前編より続く) 長野県の県歌 『信濃の国』の6番で『穿つ隧道二十六 夢にもこゆる汽車の道』と歌われ、 群馬県・横川駅と長野県・軽井沢駅を、 交通の難所である碓氷峠を越えて繋いだ旧・信越本線。. 碓氷第十六隧道 870尺8寸(約263.88m) 明治25年7月竣功 この第16隧道と、次の第17隧道はルートから 外れ、廃化されて現存しております。 この隧道も開口は西側のみで、東側は埋没し ております。 巻厚4層の煉瓦馬蹄型アーチ、笠石、ピラスタ

大人の休日倶楽部「テレビcm」のご案内ページです。今回のcmの舞台は、鉄道最大の難所といわれた碓氷峠に残る旧信越本線跡「アプトの道」。吉永さんがかつての鉄道の姿に想いを馳せながら、「廃線ウォーク」を楽しむ旅をします。

碓氷峠は江戸時代に中仙道で関東と信越・北陸の間の重要な位置づけで、今でも関所の跡が残っています。当時は常峰番所が置かれていて、関所破りを見張っていました。碓氷関所跡はアプトの道を外れ、横川駅から歩いて5分ぐらいです。

碓氷峠(うすいとうげ)は、群馬県 安中市 松井田町坂本と長野県 北佐久郡 軽井沢町との境にある日本の峠である。 標高は約960メートル (m) 。 信濃川水系と利根川水系とを分ける中央分水嶺である。 峠の長野県側に降った雨は日本海へ、群馬県側に降った雨は太平洋へ流れる。